ベルクートは腕の中のマリノが身じろぐので目が覚めた。腕を緩めると,マリノはまた安心したように胸に頬を寄せて寝息を立て始めた。寝着一枚で全く疑う事なくやわらかい心と身体を預けられる事は本当に幸せな事で、ベルクートは雲の上を歩いているような気分でマリノの身体を包んだ。
「…ベルくーとさん…?」
ぼんやりとマリノが目を開けた。しまった、とばかりに手を緩めるベルクートに、半分寝ているようなマリノがぼうっとしたまま言った。
「どうしたの、ベルクートさん…。また怖い夢を見たの…?」
「えっ」
「ごめんね、わたし、何の力にもなれなくて…。わたしは…」
「マリノさん」
「わたしはこんなに幸せなのに…」
マリノはそれだけ言うと,また眠ってしまった。夢、怖い夢…。
『……』
ベルクートは腕からマリノを解放してベッドに沈めると、上にまたがって静かに寝息を立てている唇にキスした。薄く開いたそこへ舌を入れ探ると、マリノが苦しげに呻いて目を開いた。
「ベルクートさん…?」
やや不安げに見上げてくる瞳に自嘲気味に笑いかけると、マリノの顔がふわっと赤くなった。
「あの…」
頭の両脇に沈んでいるベルクートの腕をちらちらと見ながら困惑しているマリノの額に頬を寄せ,目を閉じた。体温と息づかいがより感じられる。
「ベルクートさあん」
マリノが恥ずかしそうに名前を呼ぶ。なんだか楽しくなって、緩くウェーブを描いて広がっている髪に顔を埋めると,おずおずと白い腕がベルクートの肩に回された。
「……」
誰も傷つけた事も誰にも傷つけられた事もないやわらかい身体が、傷だらけのベルクートの身体を包んだ。マリノの温かい身体は痺れるような幸せ喜びとともに、自分がいかにこの娘が生きる優しい日常と乖離した存在かを思い知らされる。そしてその世界に、どんなに焦がれていたかということも。
「マリノさん」
「きゃっ」
ベルクートに怖いものなど何もなかった。自分の力が及ばないものに殺される覚悟はとうの昔にできていた。ただ、自分を慈しんでくれる温かい心が日々刻一刻となくてはならないものになっていく事が怖かった。
白い肌を赤く染めて,マリノが何事か言っている。ベルクートは夢を見ているような気持ちでマリノの身体を抱いてキスをした。