空を見上げて
「おい」
こちらの都合なんて全くおかまいなしの見事な晴天を半ベソで見上げていたら、神が現れた。益田は今日という今日はとても疲れていたので、本当にあの青い空と白い雲の合間から降りて来たんじゃないかしらと思ってしまう整った顔にうっかりみとれていたら脛を蹴られた。
「ギャッ!」
「バカオロカ」
「な、なにするんですか榎木津さん! ここは弁慶の泣き所といって、かの武蔵坊弁慶でも泣き出す程痛いって所でしてねェ!」
「うるさいナキヤマ。存在そのものが貧相なのに道ばたで座り込んでしくしく泣いてるなんて見苦しいものを捨て置けるか。神自ら排除してやろうというのだからありがたく思え」
長い脚を見せつけるように持ち上げたので、益田は慌てて立ち上がって後じさった。
「ちょ、ちょっとたそがれてただけじゃないですかァ!! それに座り込んでたんじゃなくて、花壇にちょいと腰掛けて休憩を、って、うわ!」
問答無用とばかりに振って来る脚をなんとかよけて、益田はヒイハア言いながら逃げ出した。
「逃げるな! このナキムシメガカマオロカ!」
「なんとでも言ってください! 僕はあなたと警察沙汰なんてまっぴらご免ですからね!」
「待てええい!」
夕暮れ時に行き交う人々は皆足早だったが、とにかく派手な男がわあわあと訳の分からない事を言いながらヒョロヒョロの男を追いかけている様というのはどうにも目を引く。大人も子供もおねーさんも、皆自分たちを見ている。 さっきまで半べその自分を隅っこに追いやって知らんふりしていた世界が、自分たちを中心にして渦巻いている。注目している。動揺している。滞って腐っていた周りの空気が、疾走とともに動き出す。
『…ふふ。……あはは!』
なんだか気持ち良くて愉快で痛快で、益田はとうとう神に捕まってげんこつを食らうまで、見上げていただけの空に届くような勢いで笑いながら走っていた。