超自己中心主義



 今日は益田がどこか往生際が悪い。榎木津の私室のベッドに裸で転がっておきながら、首を健気にいやいやと振りながら、神の髪を掴んで必死に快楽に抗おうとしている。そんなに可愛い声で鳴きながら抵抗しても逆効果なだけなのに、いっこうにわかっていない益田に榎木津は腹立たしくなって行為を止めた。

「はあ…」

 潤んだ目で見上げて来る益田の、本人の思惑とは裏腹に身体が小さくびくりと震えるのがなんともいやらしくていい眺めだったが、榎木津はできるだけ冷たい目で見下ろして、一方的に当たり前のことを確認するためだけに言った。

「僕はお前に恥ずかしい事をするのが好きだ。なんでかっていうと、お前がいやらしく鳴いて僕に縋って○○して××して△△するのがどうしようもなくかわいくてかわいくて気持ちよくてたまらないからだ。何か文句があるか!」
「うう…」

 益田は力つきているなりに、目を固くつぶって顔を逸らしてシーツをぎゅっと掴んだ。ますますものわかりの悪い益田にイライラして、頑なに逸らしている顔の両脇に手をついた。びくりとすくめられた肩に構わず息を吹きかけるようにゆっくりと言った。

「何を勘違いしてるのか知らんが、お前がそれをいやだっていう権利なんてないんだ。お前うんって言っちゃったんだからな。僕を好きだからなにされてもいいって言っちゃったんだ。僕はそれを絶対に忘れないんだからな!」
「ってませぇん…」
「なに?」
「今日は…言ってません…」

 肩を震わせながらも一生懸命見返して来る目に、まったくいっぺんの曇りも疑いもなく榎木津は聞き返した。

「なんだと?」
「いつもは…。その、何してもいいとは言ってませんけど…うんとはいってます。でも、でも、今日は僕に何も聞いてないじゃないですかあ」
「なんだって?」
「いきなり…むりやり…」

 榎木津はチラリと床を見た。ビリビリに破けた益田のシャツが落ちている。ズボンはドアの外に落ちているし、よく見たら下着は益田の足首にひっかかったままだ。
 榎木津は半眼にになって目に涙を溜めている益田をみていたが、への字口のまま口を開いた。

「十日も我慢させるお前が悪い」
「ひ、どい…!!」
「うるさい! 毎日はむりだっていうからたまににしてやってるのに!」
「僕を殺す気ですか! される方じゃないからそんな事が言えるんですよ!」
「だからそっちでもいいって言ったろう!」
「僕があなたにそんなことできる訳ないでしょうか!!」
「なっなんてわがままなヤツだ!!」
「 あ な た に だ け は 言 わ れ た く あ り ま せ ん ! ! 」

 助手が本格的に泣き始めたので、うっとおしくなってその隣に背中をむけて寝転がった。しくしくと聞こえて来るじめじめとした泣き声を鼻息ひとつで無視する。

「……」
「ふ…、んんっ、…うっ」

 益田の泣いてる声が静かな部屋と、榎木津のまだまだぜんっぜんし足りない疼きに響いた。榎木津的に許しがたい言い分に腹が立っていたのでぶすっとしていたが、益田が身じろいだ時のシーツの音すらも気になって来て、しぶしぶ寝返りを打つ。

「…おい」
「なんですかあっ」
「……わるかった」
「い、今更」
「………泣くなってば」
「ないてませえん!」
「…………機嫌を直せ」
「あ、あ、あなたは…!」

 興奮して止まらない涙を隠すつもりか、今度は益田が寝返りを打って向こうを向いてしまった。途方に暮れているの半分、面倒臭いの半分な気分で榎木津はその背中を見ていたが、貧相な肩甲骨が泣き声にあわせて微妙に動くのを見ていたらどうにもムラムラとしてきた。

「いッ…! ……!」

 衝撃に声も出せない益田のうなじに荒い息をかけながら、榎木津はゆっくりと動いた。全く心の準備がない所へ後ろからじっくりと思い知らせるように固く強ばる助手の身体の奥へと進めて行く。

「ひ、っ…」

 益田の反らされた胸に手を回し、ゆっくりと這わせる。無理な榎木津の求めから守るために、益田の身体が意志とは関係なく従順に開き始めた。つま先から指先までが勝手に榎木津に全てを差し出してしまう。

「…っ、」
「いやだあ…っ」

 正直言って榎木津には益田の考えている事がさっぱりわからない。好きで好きでたまらないくせに、肝心のこういう時に限ってぐずぐずと恥ずかしがって言う事を聞かない。だから何かしようと思ったら、この男がコソコソと隠し持って離そうとしないやたら高い矜持らしきものを叩き壊すしかない。ひどいと言われようがなんだろうが、行為のたびに何かを破壊されたような益田の傷ついた顔が、どんどん欲に染まっていくのがうれしくてたまらなかった。
 益田は甘いのだ。自分が春の日のように温かく気のいい愛情を持って接したからといって、相手がそこまでに抑えるギリなどない。少なくとも手に入ってしまった榎木津にはそんなぬるい真似は絶対にできない。どうせ通じ合わないなら、望みどおり悪者でも加害者でもなんにでもなるつもりだった。そんなの屁でもない。
 
「う、う、うーっ…」

 横抱きから四つん這いにされた益田が何か言っていたが、聞き入れずにまた求めた。






 榎木津が目を覚ますと、益田がだるそうに起き上がってヨタヨタとベッドから降りようとしていた。黙って見ていると、案の定ベッドのヘリで手を滑らせて転げ落ちそうになった。

「うっ」
「何してる」

 反対の手を掴んで落ちるのを止めてやると、益田は紅潮した顔を締めてすぐに払った。
 鈍い音を立てて床に落ちる助手を感慨もなく眺めて、探偵は身体を起こした。

「何をしているというのに…」
「……」

 何かを言う気力もないような、荒んだ目を探偵に少しだけ向けて、益田はよろよろと立ち上がり、てんてんと落ちている服を広いながら部屋を出て行く。榎木津は気だるそうに起き上がり、シーツを羽織ってしぶしぶと後を追った。

「おい」

 のろのろと破れたシャツを着て(上手い具合に上着を着れば分からないような破れ方だった)ズボンに足など通している益田に声をかけると、少しだけ顔を向けて何事か言った。

「ん?」
「…帰ります。始発が来るし…」
「なんで」
「……なんでもです。うちの近所、ご老人のために朝から銭湯開いてるし…。ひとりになりたいっていうか、…どうでもいいでしょうそんなこと…」

 心底疲れた様子に片眉をあげて見ると、益田は目を逸らして小さく呻きながら上着を着た。榎木津はその様子をしげしげと見ていたが、ふと口を開いた。

「お前、僕が嫌いになったのか」
「………」

 益田は一瞬息をのんで、ゆっくりと吐き出した。うつむいた顔を赤くして唇を噛み締めると、絞り出すように言った。

「好きです。人生なんか簡単に変わるくらい、燃え狂わんばかりに好きですよ。多分、あなたに殺されても好きです」
「……」
「だから、時にあなたといるのがとてもつらいです。何をされたとか、そういう事じゃなくて…。どうしようもなく気持ちが通じないことがあることが…どうにも…」

 榎木津は大きな瞳でじいっと益田の涙を見た。この期に及んで恥じ入って顔を背けながら涙なんてふいてる気持ちがわからない。どんなに馬鹿だと言われても気にしないでついて来るくせに、好きだとかなんだとかいうフワフワしたものに涙を見せる、その境界がわからない。でも何故かそうした方がいいような気がして、榎木津は益田に近寄ってそっと肩を抱いた。逃げようとしたが、ゆっくりと包むように頭を撫でると、大人しくなった。

「馬鹿だなあ。そうなんだからそうしておけばいいのに。なんでできないんだ」
「…なんでわかっててやるんですかあ…」
「そうしないとそうならないじゃないか」
「ひどい…」

 すっかり油断して心から身体を預けて来る益田に、そういえばあまりないことに榎木津は少し違う気持ちになったが、なんだかそうした方がいいような気がしたのでそのまま頭をなで続けた。