やっと見つけた


「青木さん! 膝をついて両手を広げてください!」

 突然の声に反射的に従うと、青木の胸に白くてきれいな猫が飛び込んで来た。びっくりしつつも受け止めると、猫はやや緊張したようにニャアと鳴いた。

「は、あーー! よかったーー。ありがとうございます青木さん!」
「益田君!」

 青木は猫を抱いたまま立ち上がり、人並みを避けて駆け寄って来た益田に相対した。

「なんだいこれは…。何で猫なんか」
「ああ、仕事ですよ。さる高貴なお方から依頼がありましてね。四日もこのお姫様を捜して、そりゃもう大変だったんですから」
「依頼!? き、君は猫探しまでするのかい!?」
「ぶっちゃけ猫ちゃんを探すのに金子を出すような方ですからね、金払いがいいんですよ。榎木津さんも浮気調査よりはこっちの方がイヤな顔しないし、ありがたい事ですよ。ははは」
「はははって…」

 ニコニコと愛想良く笑っている益田を青木はなんとも言えない気持ちで見た。職業に貴賤はないと思っているつもりだが、自分と同じ刑事だった男が猫を追いかけてこんなに締まりなく笑っているなんてどうにも複雑だ。変に有能なのもいけない。聞き込みで見つけるにしても、猫なんて飼い主か余程の猫好き以外には色とブチの位置の違いくらいしかわからない上に四本脚で自由に移動するものを、たった一人で一体どうやって四日で追いついたのか。
 
「青木さん、そんなにがっちり抱えちゃダメですよ」
「えっ」

 見ると、腕の中で猫がコートに爪を立てて踏ん張っていた。益田は苦笑しながら手を差し出した。

「青木さんはビシッとしてるから…。おうよしよし。近くで見るとますます美人だなあ」

 猫は益田の腕に移動すると、じいっと顔を見た後、おでこをそのとがった顎にすり寄せた。

「ニャ」
「ふふふ。ごめんなあ。やっと見つけたもんだから、追いかけちゃったんだ。そりゃ逃げるよな」
「……」

 尖らせた唇を寄せて、ちちちと舌を鳴らすと猫はひとなつっこく益田の唇を舐めた。うふふと笑う益田になんだかなあ、と思いながらも、羨ましいとか、惜しいとか、腹立たしいとかいう気持ちにはならない。猫を包むように抱くあまり強そうじゃない腕が、益田にしか受け止められないものを抱えているのが見える。多分探偵との出会いで見つけたのだろう。それは誰が何を言う事でもない。言う気にもならない。

「青木さん、時間あったらこれから一杯どうですか? 僕ァ今ちょっとした小金持ちですからね。おごっちゃったりしちゃいますよ」

 ふいに言われて目を瞬かせたのち、青木は苦笑して応えた。

「益田君に奢ってもらう程僕は甲斐性なしじゃないけど、仕事の成功の打ち上げにつき合うのは悪くないかな」
「ひどいなあー」

 じゃあ、ひとまず猫を引き渡してきますから先に待っていてくださいと店の名前を告げて益田は行ってしまった。益田の肩から猫が顔をのぞかせてニャアと鳴いたのがなんだかおかしくて、青木は少し笑いながら歩き出した。



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